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墓をちゃんとしてという曽祖父のメッセージ!?命日に形見の古時計が鳴っていた

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私自身オーラが見えたり、霊が見えたりの特殊な能力は全くないのですが、霊的な体験を一度だけしたことがあるのでそれについて書きたいと思います。

 

あれは私が小学校の5,6年生だったときに起きた出来事です。夏休みでした。今と違い各家庭や各部屋にエアコンなどなかった時代です。昭和の終わりごろです。セミがミンミン、ジージーとうるさく鳴いていたのを覚えています。

 

私の家族はサラリーマンの父、食品会社でパートをしていた母、そして3歳下の妹と私の4人家族です。

 

普通墓参りというものは父方と母方の両方をやるものですが、私の家はなぜだか父方の家の墓参りしかしていませんでした。親戚の集まりも父方のほうではあるのですが、母方の方ではあまりなかったです。母は他県の人間なので、遠いからなのかと子供の頃は思っておりました。

 

8月の某日夜11時半頃、私は妹と同じ部屋でもう布団に入っていたのですが、妹に揺り起こされました。何やら変な音がするといって怖がっています。

 

最初は何も聞こえなかったのですが、耳をすませて良く聞いてみるとボーンボーン、ボーンという一定のリズムを刻むこもった音がかすかに聞こえてくるのでした。私も怖くなり、私たちと同じ二階の隣にある父母の寝室に2人で訴えに行きました。

 

奇妙な音が鳴り響く和室

母はもう休んでいましたが、父は布団に入って推理小説か何かを読んでいました。私たちが深刻な顔をして部屋に入ると母も起きてきました。

 

両親に奇妙な音のことを伝えて家族4人全員で息をこらして集中して耳をすますと、子供の空耳ではなく大人である父母にもやはり聞こえたのでした。ボーン、ボーン、ボーン。やはり同じ間隔で音は響いていました。

 

父がゴルフクラブを抱えて「父ちゃんが一人で様子を見てくるからお前たちはここで待っているように」と私たちは言われました。私は「僕も男だから父ちゃんと一緒に行く!」」と主張したのですが、
いいからここにいなさいと言われてほっとしました。

 

父が再び私たちの目の前に現れるまで酷く時間がかかったように思われました。まだ小学校の低学年だった妹は母の膝にしがみついて震えていました。

 

私は母に制止されましたが、父に気付かれないようにそっと後をつけました。護身用にプラスチックのおもちゃのバットを持っていたのが今考えると笑えます。

 

奇妙な音はどうやら一階にある普段は使っていない和室の方から聞こえてくるようです。父が先に入り電気のつく音がしました。押入れを開ける音がしたと思ったらボーンという音も大きくなりました。

 

奇妙な音の正体は古時計

玄関の鍵もしっかりかかっていましたし、人の気配も全くしませんでしたから父のいる明かりがついている和室に私は入っていきました。

 

音はかなり大きくなっています。父が押入れの中を覗きこんでいます。

 

懐中電灯をもってくるように言われたので、二階に戻り母に伝えると妹も一緒に階下に降りてきました。雑然と色々な物が放り込まれてあった押入れなので音源が一体何なのかを調べるために中の物を
出していく作業が必要でした。

 

母が手渡した懐中電灯で照らしながら父が次々とダンボール箱や大きな缶や本などを母に渡します。そしてそれを私が受け取り部屋の隅にどんどん積んでいきました。

 

しばらくすると紫色の風呂敷につつまれたウクレレサイズの物体が現われました。このときには音もかなり大きくなっており、母はその正体が何であるかに気付いたようでした。

 

「それはおじいさんの時計だわ」大きなのっぽのおじいさんの古時計ではないですが、風呂敷を開くと振り子式の木製の古い掛け時計がでてきました。

 

驚いたことに上向きに寝かせた状態で振り子が左右に揺れて音をたてているのでした。心霊かなにかだと怯えていた妹もぽかーんとした表情をしていました。父がなんとか振り子を止めることに成功して
ようやく静寂が訪れました。

 

おじいさんの古時計

その時計は母の実家が引っ越すときにでた家財道具の一部で母のおじいさんの形見ということで母が引き取ったそうです。

 

この出来事が起こる10数年前のことでした。壊れて動かなかったのですがニューヨーク製の時計でアンティーク好きの母が捨てるに忍びなく貰ったそうです。

 

壊れていたはずの時計が地面に置いてある状態で狂ったように鳴っていたことには母も他の家族も皆不気味に思いました。

 

心霊現象に興味を持っていた私は翌日母に祖母に電話をして曽祖父の命日を聞いてほしいと駄々をこねました。

 

馬鹿なこと言うなと母には叱られたのですが、私があまりにもしつこく要求するものですから、母も折れて祖母に電話をかけました。

 

結果幼い私が予想した通り、その日は曽祖父の命日でした。そして亡くなった時間も夜の11時半頃だと聞いて私は背筋が寒くなりました。

 

曽祖父は事業に失敗して借金をこさえ、酒びたりになり暴力を振るうような人だったそうです。私が産まれたときはもう亡くなっていましたが。私の祖母やその兄弟姉妹達は父に対して良い思いでがないばかりか恨んでいたような節があったそうです。

 

孫である私の母が小学生の頃に亡くなったそうで、ほとんど自分のおじいちゃんに会ったりした思い出がないと言っていました。

 

そういう訳で曽祖父のお墓はありましたが、手入れが行き届いておらずないがしろにされていたようです。それで母方の墓参りも私たち家族はしていなかったのでした。

 

曽祖父がどんな人であったとしても母や今の自分たちが生きているのはご先祖様のお陰です。その年から私たち家族は母方の墓参りもするようになりました。そしてそのニューヨーク製の古い掛け時計はお寺さんで供養してもらい処分しました。

 

それ以来私の家族には大きなトラブルや厄介事はあまり起こらなくなりました。その前は父が連帯保証人になって夜逃げ寸前までいったことがあります。

 

因果応報と来世

 母の兄は故郷にいるのですが、曽祖父のお墓をないがしろにし続けて補修やお寺さんの管理費用なども出さずにいました。我が家ともう一つの親戚でお金をだしていました。

 

母の兄は詐欺師に騙されて大きな借金を作ってしまい、78歳でなくなるまで本業とアルバイトの掛け持ちをしてずっと借金を払い続けていました。その息子、つまり私の従兄は今でも借金を細々と返済しておりまともな生活を送れていません。

 

お墓ぐらいちゃんとしておいて欲しいという曽祖父のあの世からのメッセージを真剣に捕えなかったことが原因であるように私は思えてなりません。

 

私自身、今より良い暮らしがしたいと日々もがいていますが、結局のところ皆と同じようにこの世をさらないといけません。中年にもなりますと死についても以前より考えるようになってきました。どれだけ稼ごうとあの世にお金を持ってはいけません。

 

この人生が本当にこの一回こっきりだったら何も問題はないのですが、もし来世というものがあるのだとしたらお金儲けより徳を積んでおいたほうが得かもしれません。

 

損得勘定をしている時点で良い来世は期待できないかもしれません。

 

猛烈な餓えで苦しむアフリカに生れ落ちる人は前世の行いが悪かったからだというような意見も見聞きします。覚えてもいない前世の罰を現世で体験しなければならないのであれば、反省の仕様が無いではないかとと大変理不尽に思ってしまいます。

 

ですが、もしもそういうシステムですから悪しからずというのであれば仕方ないです。

 

なるべく世のため人のためになるようなことをし、感謝の気持ちを常日頃忘れず良い来世にしたいと思います。

 

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