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動物霊や地獄霊が憑依するのは想念によるもの。心は常に次元の世界に通じている

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この世界は、私たちの目に見えるものだけではなく、目に見えない世界が存在しています。

 

私たちの住む世界は三次元、立体の世界で光と影の混ざり合った世界です。目に見えない世界、三次元より上の次元のことは私たち凡人には見ることもできず、考えても分からない世界です。

 

しかし、その見えない世界は私たちの日常生活において密接に関係しているといえます。

 

私たちの住む日本は信仰の自由もあり、世界の中でも宗派の多様な国です。また、新興宗教も増えつつ、数えきれない信仰のさまざまな姿があります。

 

しかし、その信仰が正しい信仰かどうかもわからず、心に足枷をはめられ、神仏の裁きや罰を恐れ、宗教指導者の奴隷になっている場合もあります。そのいい(悪い例?)例が@@@信仰でもあります。

 

ちまたには、神と称する様々な神が存在し、信者を集めているのが新興宗教です。そればかりではなく、今やほとんどの宗教が他力信仰であり、お経をあげたり、アーメンと祈ったとしても私たちの苦しみは解消できないのが事実です。

 

信仰はえてして、狂信、盲信になりがちであり、自分を見失ってしまうこともあります。

 

他力信仰は、病気なおしや生活苦を救済しようというご利益信仰がほとんどであり、このため、教祖やその取りまきのよい食い物にされる場合が多いようです。

 

 

新興宗教に入り、浄霊すると言った本人こそ、蛇に憑依されていた!?

私が40代の時に、体調が悪くなり、原因がわからない時期がありました。その時のことです。

 

近所のSさんが、私の病気をどこからか聞きつけ、お見舞いに来てくれました。そして、少し話をした後にこう言ったのです。

 

S「私にその病気を治療させてくれる?」

私「えっ。治療?」

S「実は私、****で治療ができるようになったの」

私「****?」

 

当時、新興宗教に疎かった私には、****という言葉でさえ、初めて聞く言葉であり、何のことだかわからず、ポカーンとしていたら、Sさんはこう説明し始めたのです。

 

「私、○○宗教に入っていて、先月、上級研修を終えて導士の資格が得られたの。その時、御魂(みたま)をいただいたので、浄霊することができるようになったの」といって、首にかけている小さな袋のようなものを見せました。

 

(へぇーっ、浄霊ね、でも、何か私に憑いているとでもいいたいの?そんなわけない!)そう思いながら、その時、同席していた私の友人Tさんと顔を見合わせたのです。

 

Sさんは自分の宗教にかなり自信をもっているようでした。そして、彼女はこう続けました。

 

S「あなたの身体に悪いものが憑いて、病気になっているかもしれないわ。そうだとしたら、それが動物霊だったり悪いものだったら、身体が振動し始めるから、それに耐えてね。」

(はあーっ?私に動物霊が憑いているなんて失礼な!)

 

しかし、同席していたTさんが、私が断ろうと返事をする前に

 

T「もし、病気がなおるんであればしてもらったら!」(まあ、いいか、どういうものかとりあえず見てみるか!)

 

ということで、私は実験台になることにしました。

 

Sさんは私の背後に回り、私の背中に*****はじめました。そして何かをブツブツと唱えはじめたのです。5~6分くらい時間が経ったでしょうか・・・、彼女は****をやめて合掌した両手をくねらせ、まるで蛇のように体を動かしはじめました。

 

(何?この動き・・・気持わるい)

 

するとSさんは、「動物霊はついていなかったようだけど、光を入れたから、これで少しずつ体調もよくなるはずよ。」と言って、帰って行きました。

 

そして、彼女が帰ったあと、Tさんがこう言ったのです。

 

「あの人かわいそうな人だね。彼女こそ、蛇に憑依されているのがわからないのかしら?彼女の腰に、しっかりと白蛇が巻き付いているのが見えたわ。」

 

Tさんは自分に霊能力があることを、数人にしか伝えていません。TさんはSさんが家の中に入ってきた時点で、憑依している動物霊を霊視していたのだそうです。

 

稲荷大明神、不動明王や龍神、ミカエルと名乗っても動物霊や地獄霊がほとんど?

人は昔から、見えない世界に憧れ、それを知ろうとして様々な肉体行を求め、瞑想したり信仰に入っていく人たちが多いようです。

 

また病気や貧乏、家庭的な悩みなどから他力信仰に走る人もいれば、霊能力を身につけ、その力で人々を救いたいと思う人もいます。

 

しかし、その中でも、題目闘争などと、何万回お題目をあげれば、功徳があるというような間違った信仰をもった人々もいるわけです

 

また、信仰の道を歩んでいて、その信仰に疑問があっても、信仰をやめると死ぬと言われ、神罰を恐れるあまり、盲信・狂信の道を歩んでしまう人もいるといいます。

 

何十年も、肉体の厳しい荒行に耐えてきて、霊能力を身につけたという霊媒師は、神様が何でも教えてくれるというので、それを生業としている者。

 

それらには必ずといって、神と称する地獄霊や動物霊が憑依されているということです。その霊能者や霊媒師を盲信し、足しげく通い、大金をつぎ込んでしまう信者たち・・・

 

凡人には見えない世界なので、一時的に病気を治したり、予言が当たったりすると信じてしまうのも当然でしょう。

 

稲荷大明神だとか、不動明王や龍神、あげくはミカエルだとか名乗って出てくる場合も、動物霊や地獄霊がほとんどだとか。

 

教祖や霊媒師に、一度は病気をなおしてもらったけれど、今度は別な病気が出てくると、それは信仰が足りないと言われて、さらに狂信に走ってしまうのです。

 

膝が痛かったり、肩が重いのはキツネや蛇の動物霊が憑いているから

昔、Sさんと一緒に一度、行列のできる?霊能者の家に行った時の話です。いわゆる拝み屋さんです。Sさんは、同じ霊能者として、どんなものなのか興味があったそうです。

 

その場所は、小高い丘にこじんまりとした一軒家で、私たちが行った時には、庭に順番を待つ人々が20人近く並んでいました。

 

私たちの番が近くなり、玄関の戸をあけると、お線香の臭いが鼻につき、部屋中その匂いがたちこめていました。

 

そこは、玄関の土間を隔ててすぐに、座敷の広間があり、その広間に何人かの信者らしき人たちが座っていました。そして、中央の上座のあたりには、教祖らしき人が祭壇の前に座っています。年の頃は50歳前後の男性です。

 

Sさんの前の初老の婦人が、祭壇の前に進み、心配事を打ちあけはじめました。。すると、その霊能者は祭壇の方に向きを変え、祈り始めました。般若心経をしばらく読経し、わけのわからぬ呪文を唱えています。

 

すると、突然、その霊能者はこちらに向き直りました。その顔を見ると、顔を紅潮し、真っ赤になっていたのです。そしていきなり、手に持っている数珠を握りしめ思い切り、机に投げつけたのです。

 

そして大きな声で、「私を疑うものが入ってきている。私を信じないものはここから立ち去れ、出ていけー!」と怒鳴り出したのです

 

どうやら、その霊能者はTさんを察知してTさんを凝視しているようです。霊能者はTさんに向かって、何度も怒鳴り散らすので、これ以上ここにいては、他の信者に混乱を増すだけだ!とTさんは私に耳打ちし、急いでその場を引き揚げたのです。

 

その家を離れ、帰りの車中でTさんはこう言ったのです。

 

「あの場にいた人たちの背後にはキツネや蛇の動物霊がしっかりと憑いているのが見えたわ。あの霊能者に除霊してもらえば、一時的には離れるけど、帰りには憑いていた動物霊が玄関の軒先で待っていて、また誰彼に憑依して連れて帰るのよ。

 

それで、膝に巻きついたり肩に覆いかぶさって、膝が痛かったり、肩が重かったりするのがずうーっと取れないままなのよ、そしてまた除霊してもらう、その繰り返しなのよ」

 

その話を聞いて、もう2度とそんな怪しいところにはいくべきではないと思いました。

 

ここの神様は、大変な神様であり、先生と言われる霊能者も、信者もその実態を知ってはいません。こうした宗教がいかに多いものかです。

 

彼らの中には、先祖供養料とか、お札、ペンダントを信者に売りつけ、法外な金を巻き上げています。神がお札を売るようになったらもうおしまいです。

 

動物霊や地獄霊などが憑依するのは、本人の想念のあり方によるもの

そういった動物霊や地獄霊などが憑依するのは、本人の想念のあり方なのです。私たちの心はあの世とツウツウですから、想念が汚れすぎると、あの世の地獄霊がその人の心を支配してしまいます。

 

自分さえよければいい、また常に怒りや愚痴、人の中傷、足ることを知らない欲望など、そういう想いは、いつのまにか、あの世の悪いエネルギーと同通して、支配されるのです。

 

私たちの想い(念)はエネルギーです。あれが欲しい、これが欲しい、これを絶対得たい。あの人と結婚したい、すべて思い願うのはエネルギーです。念はものを引き寄せるエネルギーをもっています。

 

しかし、不相応な願いや嫉妬や憎しみ、限りない欲望を抱くと反動がやってきます。そのエネルギーは、必ず自分自身に返ってくるので、正しい目的、身分相応のものならいいのですが、そうでないと大変なことになります。

 

不調和な霊に支配されるということは、本人に考えや行動が自己中心の偏った方向に心が歪んでしまうからです。

 

私たちの心は常に次元の異なる世界に通じているので、心の針の示す方向によってあの世にも、すぐコンタクトされるということです

 

・まとめ

 

私たちは手に触れるもの、眼に見えるもの、耳で聴くもの等、感覚の世界しか、認識をすることができません。私たちがこの世に執着をもってしまうのは、私たちの生活がこの世だけと、自ら限定してしまうところにあります。

 

もし人間は、死んでも来世に生き続けるとしたらどうでしょう。人々の人生観は変わるはずです。ある人によれば、あの世は厳然と存在しているのであり、あの世こそ本当の人間の住む世界であるとするならば、生き方も変わってくるといいます。

 

あの世とこの世の、転生輪廻を繰り返しながら、魂の浄化をしているとするならば、どう生きていくのか!しばし歩みを止めて、生き方を見直す必要があるのではないでしょうか? 

 

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