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マタギ犬の幽霊!?毎日散歩に連れて行った私にお別れを言うため、いつもの場所に

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私の姉は現在79歳です。若い頃から不思議な能力があり、亡くなった親戚の叔母さんと話をしたり、これから起こることが事前にわかったり、夢で白い髭の仙人のような老人に宝くじの当たり番号を教わったり…等々。

 

結局、宝くじは買わなかったそうですが、買っていたらどうなっていたのか気になります。

 

以前、姉の家の周りには、野良猫が沢山いました。猫好きの姉は、猫たちを可愛がり、餌をやったり遊んでやったりしていました。

 

ある朝、姉が新聞を取りに外へ出ようと玄関のドアを開けたら、大きな鯉が一匹置いてあったそうです。姉はすぐに「これは猫の恩返しに違いない。」と思ったそうです。

 

またある時、近所の猫嫌いのお婆さんが、保健所に頼んで、野良猫を処分するために毒餌を撒いたことがことがありました。何月何日に毒餌を撒くとの回覧板が回ってきたので、姉は、特に可愛がっていた親子の猫に毒餌のことを教えました。「絶対に食べてはいけないよ。」と言って聞かせたそうです。

 

毒餌を撒く当日、親子猫の姿は見えず、何も知らされていない猫は毒餌を食べて、あちこちの家の庭先で苦しみながら死んでいったそうです。親子猫は姉の言いつけを守り、毒は食べずに助かりました。猫は人間の言葉が分かるのでしょうか。

 

姉の家は不思議な家で、新築早々、家の中で突如空中からお米が降ったり、水が降ったりと一時期忙しかったです。今から40年も前の話ですけど、思い出すと背筋がゾクッとします

 

またある時は、私の結婚相手について、亡くなった叔母さんと相談していました。姉は反対でしたが、叔母さんが「本人に任せなさい」と言ってくれたので、今の夫と結婚することができました。

 

姉の旦那様のお母さんが神憑りの人だったと聞いています。山の神社へお参りに行くときは、物凄い速さで山を駆け上がり下りてくる、しかも夜中の真っ暗な所を明かりも持たずに行ったそうです。家では神様にお参りしていると空中浮揚したということです。義兄は実際に見たと言っています。

隕石を拾うため、磁石を持ち歩いていた母。隕石には鉄が含まれている

母は少し変わった人で、隕石を拾うために磁石を持ち歩いていました。隕石には鉄が含まれているから、ということらしいです。残念ながら隕石に出会うことなくこの世を去りました。

 

ある時、梨に文字のような模様を見つけ「宇宙人のメッセージかもしれない。」と言っていました。その時書いたというメモ書きを見せてくれました。梨のヘタの周りにぐるッと文字のようなものが描いてありました。

 

ヒエログリフにも見えるというメモがありました。あれは何だったのか今も謎です。

 

母は睡眠中によく幽体離脱をしていたらしく、父は母が寝ているときに、白いもや~っとした霧のようなものが、胸に入るのを見たと言っていました。その直後に母は目を覚ましたそうです。

 

幽体離脱していた母は神田の古本屋に行って色々な本を見てきたそうです。見た本に描かれていた絵を思い出しながら描いた絵を見せてもらったことがあります。それは、白い馬に乗ったジャンヌダルクでした。

 

母が財布を落としたことがありました。何処で落としたか分からないので探しようがなく諦めかけたとき、家で飼っていた猫が家の近くの茂みにお座りしているので、母は猫に声を掛けながら近寄ったら、なんと、猫の前足のところに母の財布がありました。母は「なんて利口な猫だこと!」と言って猫をとても褒めました。

 

晩年は、他の人に見えないものが見えるようになっていました。

 

畑の真ん中に大きく立派なお屋敷があって驚いたと言っていましたが、現実にはそのようなものは有りません。母は、「多分、昔に有ったものが見えたのかもしれない。」と言っていました。

 

母の実家はお寺で、住職である祖父も霊感のある人だったようなので、母にも受け継がれたのかもしれません。

UFO!? 家全体が揺れ、屋根の上に大きな物がいて轟音を出している感じが

私はよく予知夢を見ます。

 

内容は殆どが自分に起こる近い将来の出来事についてです。どちらかというと他愛のない内容で、バスに乗る夢が続いた時は、その何ヶ月後、高速バスに乗って出掛ける用事ができたり、可愛い女の子の夢を見た後で妊娠がわかったり…。生まれた子はやはり女の子でした。

 

高校時代、夢の中で他のクラスの気になる男子に名前を訊いたことがあります。「吉田」と答えてくれて半信半疑でしたが、その男子は本当に吉田という名前でした。

 

大人になってから、片思いの人に夢の中で誕生日を訊いたら、「6月1日」と教えてくれました。後日、本人に確認したところ、本当に6月1日でした。

 

不思議だなぁと思いました。

 

予知夢以外によく見るのは、小、中、高と長いこと好きだったF君の夢です。私が悩んでいたり、凹んでいるときに現れて、私を励ましてくれます。還暦を過ぎた今も、まだ夢に出てくれるF君に感謝しています。

 

中学時代クラスにいたN君という男子の夢をよく見るようになったのは、40歳を過ぎた頃だったと思います。何故かなぁ…と不思議でしたが、その後友人に聞いたのは、N君が脳梗塞で倒れて入院しているということでした。N君とは、いろんな所で偶然ばったりと会うことが多かった思い出しかありません。

 

なぜ偶然ばったり出会ったのかわかりません。その後、夢を見なくなったので、回復したのかもしれません。

 

先日、兄の夢を見ました。兄は、今年の始めに癌で亡くなりました。家族も無く誰にも看取られずに一人淋しく逝ってしまいました。長男なのに親の墓にも入れてもらえず、その他大勢の永代供養の所で眠っています。

 

兄のことを憐れに思い、どうにか出来なかったのだろうかと思う日々を送っていたところ、夢に現れたのです。若返った兄は、茶系のお洒落なスーツに身を包み、笑顔で「大丈夫だから心配するな。」と言ってくれました。

 

目が覚めてから、しばしボーっと夢のことを考えてしまいました。まだ誰にも話していません。姉に言ったら姉も安心するかもしれません。

 

夢だったのか現実だったのか、今でも忘れられないのは、小学4年生のときのこと。ある夜、両親と三人で寝ていました。といっても、私はなかなか寝付けずにいました。

 

布団の中で考え事をしていたら突然物凄い音がして、家全体が揺れ振動し始めました。咄嗟に地震だと思いましたが、地震のような揺れではなく、屋根の上になにか大きな物がいて轟音を出しているような感じがしました。怖くなった私は、両親を起こそうと声を掛けましたが、二人ともぐっすり眠って起きてくれません。

 

私は、こんなに大きな音がしているのに何故起きないんだろうと思いました。両親ばかりか近所の人も誰も気づかないようでした。

 

その時私は何故か、その轟音を出しているのはUFOだと思ったのです。

 

今でも、あれは絶対UFOだと信じています。見たわけでもないですから根拠はありませんが、直感です。飛行機なら飛んで行きますが、何十秒か留まっていたし、轟音は突然止んだので、飛行機ではありません。

 

翌日のテレビも新聞も轟音のことは何も言ってませんでした。地震もありませんでした。夢だったと思うことにしようと思いましたが、あの時は眠ってなかったのです。

 

UFOを見たことはまだ無いですけど、家全体が振動するようなことなんてUFO以外に考えられません。本当に不思議な体験でした。

生まれた家には、天井まで届くような大入道が住み着いていた

私が生まれた家には、何か得たいの知れないものが棲みついていました。悪いものか善いものかは判りませんが、確かに何かが居ました。

 

幼い私が怖がると思ってか、両親は何も言いませんでしたが、ある時、その何かを私は目撃してしまいました。

 

父と私は当時使われていなかった2階へ行こうと階段を上りきったとき、〝それ″は居たのです。2階の窓付近の壁の辺りに、天井まで届くような大入道が立ってこちらを睨んでいました。

 

薄茶色の衣をまとった、肌の色も薄茶色の大入道です。怖さのあまり私は「ぎゃーっ!」と悲鳴をあげ泣き叫びました。火が付いたように泣き叫ぶ私に、父は何が起きたのか分からずオロオロとしてなだめ、2階の座敷へ連れて行こうとしたのですが、私は大入道が怖くて絶対に座敷には行かないとその場を動きませんでした。

 

母も私の凄い叫び声と泣きじゃくる声に驚き、「どうしたの!」と駆けつけました。階下へ下りてから、両親に私が見たものを説明しました。両親は思い当たる風な顔をして私の話を聞いてくれました。

 

またある時は、父の後ろに‶それ″が居ました。‶それ″は父に付いて歩いていました。恐ろしくて、その時も私は母におんぶされながら泣いたのを覚えています。

 

その後、間もなく引越しをしました。何年かして、その時のことを思い出した私は、父に、あれはいったい何だったのか訊いてみました。

 

父は、ある時、昼寝をしていて‶何か″に箒で掃かれるみたいに「ざっ、ざっ、」と畳の上を転がされたことがあると言いました。変なことが度々あったようです。

 

古い家だったので何かの霊だったのかもしれません。引越してから、年の離れた姉とバスに乗って、その家を見に行ったことがありました。既に更地になっていました。その後、そこには立派なビルが建てられたそうです。

 

あの‶何か″は、他の所へ行ったのでしょうか。それともまだあの土地に留まっているのでしょうか。

初めて幽霊を見たのは飼っていたマタギ犬。お別れを言うためにいつもの場所に

私の実家では、昔から犬、猫、小鳥を飼っていました。動物が居なかった時はありません。死ぬと、しばらくして父がペットショップから買ってくるので、いつでも動物が居たのです。動物にも個性があり、どの子にも様々な思い出があります。

 

犬は必ず雌で、名前も「チヨ」と決まっていました。だから、一代目チヨ、二代目チヨ、三代目チヨ…というわけです。猫は雄、名前は「チャコ」これもまた決まっていました。

 

私が初めて幽霊を見たのは、三代目のチヨの霊です。チヨはマタギ犬という種類の犬でした。とても利口な犬で、仔犬の頃は、私が毎日散歩に連れて行ってました。私が小学5年生の時に飼い始めて、死んだのは、私が高校生の頃だったと思います。

 

花火が嫌いで、何処かで花火が上がる音がすると、大人になっても私の膝に乗って震えていました。

 

チヨは病気で死んだみたいです。私の通っていた高校は自宅から遠いので、朝早く家を出て、夜暗くなってからしか帰れなかったので、チヨにかまってあげることが出来ませんでした。

 

休みの日も家にいることが少なかったので、病気のことも知りませんでした。

 

死んだ日も学校に行ってました。亡骸は2番目の兄が箱に入れ保健所に運んだそうです。庭が広くないので、埋めてやることが出来なかったからです。

 

今なら、ペットのお葬式や火葬も専門業者に頼むことができますが、当時はそんなものは無かったので、仕方ありませんでした。

 

いつもいたチヨが突然居なくなって、やはり淋しかったです。高校生になってからは、声をかけてやることも少なくなり、チヨはもしかすると寂しかったかもしれません。

 

そんなある日、久しぶりに学校が早く終わって、明るいうちに家に帰った日がありました。

 

いつもチヨがいた場所に、いつものようにチヨが居ました。その時は、「あぁ、チヨがいるなぁ」と思いましたが、「あれ!チヨはいないはず!」と振り返ると、もうチヨの姿はありませんでした。

 

はっきり見たチヨの姿。私にお別れを言いたかったのでしょうか。

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