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良い行いを神様は見ている?大腸がんの義父の死に目に親戚、身内のすべてが会えた

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松田様、こんにちは。いつも学ばせていただております。

 

今回は不思議なお話について書かせていただきます。

 

それは、今から4ヶ月ほど前に亡くなった妻の父のことについてです。

 

73歳の義父は約8年前に妻を亡くしその後、1人で自宅で暮らしていました。義父には娘が2人おり、私の妻の他に2才年上の姉がいます。私達家族は夫婦、子供が2人(中1、高2、共に男の子)の4人家族で、姉は子供がいなく夫婦2人で暮らしています。

 

娘2人の父であった義父は男の子が欲しかったらしく、私達夫婦に男の子が生まれたときにはとても喜んでくれました。とくに何かをしてあげられたわけではありませんが、せめてもの親孝行だったんではないかといつも妻と話していました。

 

そして、義父はとてもまじめな人で、親戚の人たちにもとてもよく気をつかうことからみんなから慕われていました。私は今まで義父のことを悪くいう人をみたことがないくらいでした

 

そんな義父も数年前から大腸がんを患い、手術や治療を繰り返しながらも元気に暮らしていました。

 

 

大腸がんの義父。抗がん剤の治療で、一人で歩けないほどに衰弱

しかし、そんな義父の元気さをよそに、がんは義父の体をどんどんと蝕んでいきました。

 

昨年の12月の暮れには、私達家族と姉夫婦にすき焼きをごちそうしてくれたのですが、そのときにはすでにがんの進行はかなり進んでいたようでした。

 

私達夫婦は普段、あまり義父の家に行くこともないのですが、今年の2月に急に私の妻と義姉が父に呼ばれました。「胸がくるしい」との義父の訴えにちょうどその日休みだった妻はあわててでかけていきました。

 

結局、その日は入院などはせずにすんだのですが、義父はそのあたりからもう自分の命は長くはないだろうと悟っていたようでした。

 

その後、抗がん剤の治療のために定期的に入院するのですが、お見舞いに行くととても元気な様子にまさかその数カ月後には一人で歩けないほどに衰弱するとは想像もしていませんでした。

 

実はこの闘病の期間に義父の差し歯が取れてしまいました。一人で歯医者にいくのはあぶないということで私の休みに合わせて予約を入れ、何度か義父を歯医者につれていってあげました。

 

いろいろと良くしてくれた義父に私がしてあげられた唯一の恩返しだったかもしれません。

 

義父が亡くなったのは自分の世話で姉妹の仲をこじらせたくないという優しさか?

5月に入った頃には義父の体調はさらに悪化していきました。

 

毎年5月のゴールデンウィークにはなかなか親戚みんなが集まる機会もないだろうからと自宅の庭でバーベキューをやるのが恒例になっていましたが、そんな義父も今年にがぎってはバーベキューの計画すらできないくらいに体は弱っていました。

 

その頃には私達夫婦は休みのたびに義父の家にいくようになりました。もちろん、姉夫婦もひんぱんにきては義父のお世話をしてくれていました。

 

結果的に義父は6月10日に亡くなったのですが、亡くなる前の1ヶ月間は本当にいろいろなことがありました。

 

毎週、義父の家に行くたびに弱っていく姿をみているのは本当につらく、あの元気だった頃の義父の面影はもはやありませんでした。

 

妻は頻繁に実家に帰ることが多くなり、夜も家をあけることが増え、子供たち(とくに中1の次男)はとても寂しそうでした。

 

ときには、泊まり込みで義父のお世話をしてくれていた姉ともお互いにストレスがたまり、段々と険悪になっていきました。

 

義父は最後の方には1人で何もできなくなり、私達夫婦は一体いつまでこんな状態が続くのだろうか?義父には1日でも長く生きていてほしいという思いとともにこのままでは義父の愛していた2人の娘の関係がどんどん悪くなってしまうのではないか?と悩んでいた矢先にとうとう義父は亡くなりました。

 

今思えば、義父がこれ以上自分の世話で姉妹の仲をこじらせたくないという優しさだったのかもしれません。

 

身内が全員が揃った日、ほとんど寝ている義父が相続や葬式の話を

そして、この義父の死に関して私は不思議だなと思ったことが2つありました。

 

1つ目は5月に入った頃、義父の家に毎週行くようになり、義姉やその旦那とも今後のことについていろいろと話しをするようになりました。

 

私達夫婦は毎週会いに行きましたが、義姉の旦那がいなかったりしたこともあり、全員がそろわないことも多々ありました。

 

そんなある日、たまたま全員が揃った日がありました。せっかくなので、いろいろと今後のことについて話をしていましたその時の義父の状態はほとんど寝ている状態でした。

 

そして、夕方になり、私達夫婦がそろそろ帰ろうとしたとき、何かを察知してか急に義父がベッドから起き上がり私達夫婦と姉夫婦を自分のもとに呼びました。

 

これはきっと大事な話だなと私は直感で感じました。みんなで正座をして義父の言葉を待ちました。

 

義父は相当つらい状態であったと思いましたが、しっかりとした口調で自分が死んだあとのこと、相続や葬式のことなどの大事なことについて話をしました。

 

すべて話し終わったあと、義父は安心しきったように再び眠りにつきました。

 

私達夫婦は帰りの車の中で義父は自分が余命間もない状態でも娘たちのことを思い、最後の力をふりしぼって伝えてくれたのだと思うと涙が止まりませんでした。

 

その次の週に会いに行ったときにはもうほとんど話もできない状態だったので、あのタイミングで話を聞けたことに何か不思議なものを感じました。

義父が亡くなったのは日曜日の午前10時。親戚、身内のすべてが死に目に会えた

そして、2つ目は義父の死に目に私以外のすべての親戚、身内がそろっていたことです。

 

私は義父が亡くなる前、数日間は仕事が終わり次第毎日面会に行っていました。前日ももちろん会いに行きましたが、義父が亡くなった当日はどうしても仕事を抜けることができず、死に目に会うことができませんでした。

 

なぜ、親戚、身内のすべてが義父の死に目に会えたかというと、亡くなったのが日曜日の午前10時という時間だったからです。

 

世間一般では土、日曜は休みの人が多く、親戚、身内も義父の危篤を聞きつけて土曜の夜から日曜の朝方にかけて全員が集まり、義父の最後をみんなで見届けることができたのでした。

 

私は義父の最後に立ち会えなくてとても残念でしたが、それでも義父が普段から気にかけていた親戚、身内が全員で最後を見とれたのだからよかったのだと思っています。

 

きっと、義父の普段からの親戚にしていた良い行いが最後の別れのときにみんなを引き寄せてくれたのではないかと思っています。

 

余談ですが義父が亡くなった日は私の誕生日の前日で、さらに義父の死の翌日は義姉の義父(義姉の旦那の父)の誕生日だということをあとで知りました。

 

この話は義父の通夜のあと私達夫婦、義姉夫婦たちで集まって話をしていた際にみんなで驚いて不思議なこともあるんだね、と話していました。身内の誕生日に挟まれて亡くなった義父にとても不思議な思いを感じました。

 

やはり、普段から良い行いをしていると、神様がきちんと見ていて最後まで良い状況を作ってくれるのではないか?と思いました。

以上が私が経験した不思議に思ったお話です。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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