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引き寄せ本に共感。「なんとかしてくれ!」と強く思えば思うほど願いは叶わない

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ずいぶん昔から引き寄せの法則に興味があり、たぶんずっと生活というか人生に不足や不満があったのだと思いますが、手っ取り早く幸せになりたい、という不純な動機に基づき、引き寄せ関連の本を読んだり、でもどれも同じようなことを手を変え品を変え書いてあるだけなので、しばらくすると飽きてきて、やがては読むのをやめてしまう。

 

でも、人生で日々の生活でまた嫌なことがあると、ほかに頼るものがないので、引き寄せ本に戻ってきて、しばらくはその世界観に浸って、でもまた飽きてきて読むのをやめて、そんなことをもう何年も繰り返してきたように思います。

 

結局、自分には引き寄せの理屈はわかったような気がしますが、肝心の幸せな出来事は引き寄せられなかったのかなと思います。

 

それよりも、何か怖いこととか、大事な局面の時に「神様助けてください」と普段、神様を信奉しているわけでもないのに、そのときだけ厚かましくもお願いした時のほうが、却って願いが叶うというか、結果的には「案ずるより産むがやすし」的な感じでうまく収まる、という経験のほうが印象に残っているように思います。

 

今年で50代半ばを過ぎ、定年まで5年を切ったのですが、ふだん、悩み事を相談できる友達などもおらず、定年したら俺の人生は、昔よく言われた典型的な「ぬれ落ち葉亭主」になりそうで、今からそのことが恐怖です。

 

人間関係に悩み精神科に通院

かといって、今の職場で仕事をずっと続けたいかというと、その真逆で、一日も早く退職したいのです。人間関係に悩み、苦しんでいまも精神科に通院しているような有様ですから。

 

その人間関係も、自分としては誠実に接して、かわいがってきた後輩に裏切られ、そいつは私が大嫌いな、人間として最低な奴のお先棒を担いで、今や私に命令を下す立場います。

 

こんな有様ですから、本当は今すぐにでも辞めたいのです、こんな会社。でも辞められないですよね。月並みですが家族のことを考えると。でももう限界かな、自分でもそう思う毎日です。

 

松田さんが仰るように「一人で稼ぐ」ことができるのなら、こんな思いをしなくても済むし、自分にとっては理想的なのですが、そんなこと本当にできるのだろうか?という思いも正直あります。

 

だから何度も松田さんに接近しながら、最後のところで一歩が踏み出せず、いまも苦しい環境の中、勤務先に通勤しています。

 

この年齢の人間にとっては、もう「やり直し」というのは選択肢にありません。だから絶対失敗するわけにはいかないのです。

 

ですが、矛盾すると思うのですが、そんな切迫感が自分には耐えがたく苦しいのです。「楽~に、楽~に」と松田さんが動画で仰っているのを拝見すると、心が安らぐのです。

 

そんな風に「楽~に、楽~に」やって、生活の糧を得ることができたらどんなに良いだろう、と真剣に憧れます。

引き寄せ本は中毒性が。自分に合う説明の本を探し求めて次から次へ

たぶん最初「引き寄せの法則」に惹かれたのも、願うだけで叶うみたいな、楽を志向するところが、なんかいいなぁ、みたいな感じだったのだと思います。でも、前述したように、次々といろんな本を読みましたけど、結局、ものにはなっていません。

 

引き寄せ本ってなにか中毒性とでもいいのか、自分に合う説明をしている本を探し求めて、次から次へと買ってしまうところがあるように思います。

 

そして、現実が変わらないと焦ったり、もっとわかりやすいものを、と求め続けるのにやがては疲れて嫌になる。そんな流れで数年単位にのめりこんだり、距離をとったり、という感じで、ネットで「こうすれば儲かる」みたいな商材をいろいろと買い漁るのと、ちょっと似ているかもしれません。

 

とにかく今のところまでは自分にとっては、ほとんど効果がなかったかな、というのが感想ですが、でもやっぱり今でも惹かれているんですね。アマゾンなどでキンドル版の安い「引き寄せ本」を見るとついつい買ってしまいがちです。

 

なかには、そこそこ良い本もあるんですけど、そこで読んでこともしばらくすると忘れてしまう。所詮は、自分にとってその程度なのかもしれません。

 

女性のダイエットみたいな感じとでもいいましょうか、やってもやっても続かず、途中でやめちゃうくせに、しばらくするとまたやってる、そんな感じで長い間、引き寄せの法則とは付き合ってきました。

 

引き寄せのことを忘れているときの方が、人生がうまくいって幸せだった

その分をもっとほかのことにエネルギーやお金を振り向けていたら、もう少し違った人生があったのかもしれませんが、やっぱり気になるんですね、どうしても。

 

なんか引き寄せの法則のことよりも,これまでに自分の人生の振り返りみたいな話になりましたが,成果はほとんど出ていないものの,そして興味・関心の波も大きい(時には1年ぐらい引き寄せのことなど忘れていることがあります)のですが,いまだに付かず離れずといった感じで,関わり続けている感じです。 

 

ここまで書いてきて,改めて思うのですが,これまでの人生を良い悪いのグラフに表すとすれば,良いときには引き寄せのことなど忘れており(気に掛けておらず),悪いときはメッチャ傾倒して一刻も早く引き寄せてこの状況を脱したい,という人生の幸不幸と引き寄せへの関心はトレードオフの関係があるように思います。

 

そして,引き寄せ本にも主張点が2つに分かれていて,(1)ただひたすら強く願え派と,(2)強く願っているといつまでもその状態が続く派,の2つがあるように思うのですが,後者の示唆する通り,「なんとかしてくれ!」と強く思えば思うほど,願いは叶わなかったような気がします。

 

引き寄せのことなんか忘れているときの方が,いろいろな面で人生がうまくいっており,結果的に幸せだったように思います。 

 

だったら,どうするのが一番良いのか分からなくなってしまうのですが,たぶん,あんまり拘泥せずに願う(そんなことが可能とは到底思えませんが)のが良いのでしょうか。

 

引き寄せ本と仏教は一緒。心が落ち着くこともあるが、長続きしない

最近のことで言えば,今までの人生でもグラフに表せば最低レベルの所をここ10年ほどは彷徨っていますので,「仕事を辞めたい」,「人間関係を改善したい」,「お金が欲しい」,「もっと楽になりたい」,とか四六時中いろいろなことを願ってばかりいるので,前記したように,それらはどれ一つとして叶わず,精神科に通うところまで追い込まれてしまいました。

 

でもこの前,ふと,本当にいろいろなことがどうでもよくなり,「もういいや」みたいな感じになったとき,少しの間ですが,ちょっとだけホッとしたような感じになり,「あれっ,これって,もしかすると良い状態なのでは?」と思ったりもしたのですが,根がネガティブ思考で,先回りしていろいろな心配事を,それこそ引き寄せてくるようなタイプですので,そんなつかみ所の無い感覚に身をゆだねることもできず,すぐに元の苦しい状態に戻ってしまいました。

 

 話は少し変わりますが,引き寄せ本の延長で,ここのところは仏教のほうにも少し関心を持っており,仏教と言っても日本で主流のいわゆる葬式仏教では無く,文字通りの釈迦(=仏)の教えとしての仏教のほうですが,少し本を読んだり,ネットで関連記事を読んだりしています。

 

それらも読んで少しの間は,こころが落ち着くような感じになることもあるのですが,長続きはしません。すぐにまた心が色々とさまよい歩き始め,結局いつものネガティブ状態で,いろいろなことを渇望する状態に,気がつけばなっています。

 

要は引き寄せ本と一緒と言うことですね。何か究極的な答というか,自分を幸せにしてくれる何かがそこにあるみたいなことを求めて,これまで,良さそうなものに首を突っ込んできたということでしょうか。 その時々の状況に応じて,対象は色々と変わってきたように思いますが,結局の所,他力本願というか,自分では解決できそうにないという思いが根底にあるのかもしれません。

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