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小学6年生の時、中学生の坊主に目を付けられパンチ、無理矢理タバコを吸わされた

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これは私が小学6年生の話しになります。

 

その当時は元気いっぱいの子供でした。信頼出来る中のいい友達もいつも一緒に学校から帰っていました。私が住んでいた地域では小学校と、中学校が近く、歩いて10分くらいの距離だったんです。

 

そして、服装は、小学生は私服で、中学生は勿論、学ランだったんですが、ある日、私と友人が学校から帰っていると「中学生1年生と、2年生、2人」になぜかわかりませんが、目を付けられたんです・・・昔で言う「ガン」を付けられたとも言うのでしょうか。

 

その日は何事もなく終わったのですが、また小学校から帰っている途中で、同じ中学生に今度は私が話しかけられ「お前ムカつく顔してんな。」と言われたんです。確かに小学生の頃から先生の言うことがあまりわからず、信用していませんでした。遊びだけは元気いっぱいだったので、帰っている途中でさえ、少し生意気に中学生も見えたのかもしれません。

 

しかし、その中学生というのは中学生の間でも丸っきりの不良と呼ばれている生徒だったのです。短ランを来て、履いているズボンはボカボカのズボンです。その中の一人は凄く怖い顔で坊主で、般若のような顔でした。もう片方は、パンチパーマです。

 

そのような方々に目を付けられ、かなり怖かったんですが、またその中学生の坊主が私が帰っている途中で「明日、小学校のグランドの裏に来い。もう一人も呼んでこい。」と言われたんです。

 

私の友人のことです。

 

中学生の坊主から呼び出し、お腹に何発もパンチを

とても怖かったんですが、その友人に訳を話し、仕方ないから行くしかないよな?と相談していました。親にも話すわけもいかないし、先生に打ち明けると言う、頭がその当時はありませんでした・・・言ったら、代々的に広まり、またイチャモンを付けられると思ったからなんです。

 

そして、小学校の裏に夕方くらいの時間に友達と出向きました。その小学校の裏まで歩いて行くにもビクビク怯えた状態でした。やっと着いたんですが、その中学生2人はまだいませんでした。

 

し私達は、ほっとしたんですが、すぐに後から学ランを着た、2人組がやってきたのです・・・中学生の坊主は手に何も持っていなく、その片方のパンチパーマは手にバットを持って歩いてきました。

 

そして着いた瞬間言われたことが、「お前ら、壁に2人で並べ。」と言われたんです。小学6年生の私達は言うことを聞くしか方法はなかったのです。そして、中学生2人は弾丸のように私達のお腹に何発もパンチを繰り広げました。

 

私は壁から崩れ落ち、景色はコンクリートと、私の唾液だけでした・・・顔だけは回避していたので殴られませんでした。パンチパーマの持っていたバットはきっと脅しだったんだと思います。ですので、凶器を使った暴行は受けませんでした。使われていたらきっと死んでいたと思います。

 

中学生の坊主に無理矢理タバコを吸わされた

這いつくばった私達に中学生2人は、正に王様気分で、その場に立っていました。何も出来ませんでした・・・

 

そして、ある程度私達が1時間くらいでしょうか、やっと立てるようになったんですが、今度は、その暴行をした中学生が、私達に「タバコ」を買ってこい。と言いました。

 

お金を渡され、訳が分からず、近くの自販機で買いました。昔はパスポもなかった時代でしたので、普通に買えたんです。

 

そして、買ってから、中学生達にタバコを渡すと、今度は「お前ら2人も吸え。」と言われ、タバコなど吸ったこともない、小学6年生の私達に無理やり吸わせようとしてきたんです。

 

私はここで吸うことを断ったら、又、やられる・・・と本心で思っていたので、タバコを吸うしかありませんでした。

 

俺達の言うことを聞け!という態度だったことを覚えています。そして、やっと暗くなってから私達は解放されたんです。

 

その時以来から中学生が怖くて仕方ありませんでした。家に帰ってからの私は、一人で涙を浮かべ、悔しさと、涙で心が埋まっていました。親にも中学生2人から、暴行があった。なんて言えなかったんです

 

悔しくて、悔しくて、いつか見返してやる。と殺意まで芽生えました。そう思っても物心つく前でしたので、どうしようもなかったです。

 

確か暴行を受けた次の日だったか、私は母親に、体の傷でバレてしまったんです。やっぱり親って、いくら隠そうとしても、顔色や、態度で全て、子どものことは、分かるんですよね・・・

 

中学生の坊主が親と一緒に謝りに

打ち明けた瞬間に、私の母親は、私に対して、「何があったのか言いなさい。」と言いました。

 

私は全て打ち明けました・・・

 

そこから、学校に私の親が電話をして、暴行があったと小学校に連絡したんです。一旦私は小学校に行くことはありませんでした。恐らく、小学校から、中学校に連絡もいったことでしょう。

 

3日後くらいだったか、夕方に私が最も会いたくない、中学生の暴行を行った、坊主が私の家に親と手土産を持って訪ねて来たんですそして、嫌だったのですが、私も仕方なく玄関まで行き顔をお互い合わせました。

 

相手方の親は深々と謝っていたんですが、その中学生の坊主は不貞腐れた態度で、私に謝って来ました。「まったく反省していない。」とすぐに雰囲気で分かりました。声も小さく、「すみませんでした・・・と。」あれだけのことをしてと、私は内心思っていました。

 

顔も一生忘れることが出来ない出来事に、その事件で私の心は一気に変わっていました。いつか、もう少し大きくなったら、反発心が芽生え、暴力をされても、負けない人間になる。と誓っていました。

 

しかし、物事と言うのはうまくいかなく、私もすぐに中学生になり、その私達をいじめた中学生と毎日顔を合わせる羽目になったのです・・・毎日嫌、嫌ながらも、顔を見るので、本当に避けていました。

 

いじめた相手は一度、私の家に謝りに来ているので、手は出せずにはいたんでしょうが、納得はいっていないようでした。中学生になった私はその方々の暴行は受けなくなったんですが、やはり視線は厳しく、今考えても、歯向かえるような時代と、環境ではなかったと思います。

 

力が強い物が上と言う、風潮もありましたし、それがカッコいいとされていた時代だったような気がしています。

 

高校は体育会系。学校が嫌でアルバイト

高校生になった私は、何の目標もなく、工業高校に入ったのですが、そこでも1年生の段階で、歴史あるのか何だか、分かりませんが、全体で応援練習をしなければいけない。という学校でした。

 

正に体育会系です。そこでも入ってきたばかりの1年生に高校の3年生が竹刀を持って指導するというのが定番でした。応援するにも、体を深くのけぞっていないと、3年生から、無理やり体を手で腰まで下げられます・・・

 

怖いのでみんなやるしかありません。入った工業高校がそんなことをするなんて思いもしませんでしたので、驚きばかりでした。しかも先生もみんなそれが、当たり前だと思って只、見ているだけです。おかしいんじゃないのか?と私は思っていたんです。

 

それだけではなく、高校1年生の私の外靴を入ったばかりで盗まれました・・・ナイキの靴でした。その盗んだ相手は結局分からず、私は学校の内履きで帰ることにたんです。せっかく親が働いて買ってくれたのに、本当に申し訳ない気持ちになっていました。

 

もうそこから高校もあまり行かなくなり、クラスの友人からは、私が休憩時間に寝ていると、ちょっかいを出され、頭に来て、学校をいつも早退していました。

 

学校が嫌なので、近くのとんかつ屋で、アルバイトを始めました。親に買って貰った靴の代金も返えそうと思ってです。後はガラケー時代でしたので、自分で払っていました。

 

お客さんに、「いらっしゃいませ。ゴマの扱い方はご存知でしょうか?」などを言う、接客業です。そして、店長にまかないを頂きながら、アルバイトをさせて頂きました。そして、そこでは色んな大人の方と知り合うことが出来て、私はアルバイトをしていたほうが楽しくなっていたんです。本当に楽しい時期でした。

 

高校は単位が足りなく、毎回追試状態でやっと卒業しました。とにかくアルバイトでお金を得ることが楽しくなっていて、靴を盗まれた悔しさも忘れていました。親にも買って貰ったお金を返すことが出来たのでよかったと思っています。

 

盗んだ人は、いじめか、私のことが気にくわないのか、只、靴が目当てだったのか分かりませんが、いい気分で過ごすことが出来なかった、私の経験です。

 

 

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