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過去世リーディングで多くの転生を多くの国で経験していると言われた。霊や輪廻転生は存在する。

投稿日:2017年12月1日 更新日:

スピリチュアル、霊、生まれ変わり、輪廻転生、カルマ などについて知っている事を、お話してみます。

 

私は、どうも一歳頃からの記憶があるようです。流石に59歳になった今、忘れたというより思い出さなくなったので、ぼんやりとしてしまいましたが、まだ集中すると思い出すことができます。初めての記憶は、まだ寝がえりが打てるかどうかの頃のことです。

 

私は裸でお胸一枚を身に着けて、縁側で座布団の上に斜めに寝かされていました。縁側には私を見に来た女性が腰掛けていて、母と笑顔で話していました。

 

その状況は大きくなってから、言葉を当てはめることが出来て分かった事で、その時の私は「お胸/胸当て」だとか「座布団」「縁側」「女性」…といった名詞の認識はありませんでした。

 

只、知らない人が足元に居て、どうも私のことを話している。恥ずかしいと言うのではないが、裸でいることが心もとないと感じていました。その反面、何も身体を邪魔するものがなく、寒くも暑くもなく爽快でした。只、寝かされているものが、自分の体に丁度のサイズ。寝返りを打つと落ちてしまう感じが不愉快でした。

 

後から刷り込まれた記憶を、自分のものだと思い込むのだと言う説を聞いたことがあります。そうなのかもしれません。でも、そうやって断片的に覚えているのです。

 

父の胡坐の中に座って、目の前で箸を持つ父の手が動くのを掴みたくて手を伸ばし続ける。全く届かないのですが。ラジオから流れる流行の歌。8歳くらいの頃テレビの歌番組を見ていてびっくりしました。

 

初めて聴いたのに知っている曲、一瞬にして父の箸を持つ手が思い浮かびました。リメイクで歌われた新曲だったのです。これは、母に確認しました。この曲は何?「黄色いサクランボ」という曲です。皆さんもうご存知ないでしょうが、ハーフ(ダブル?)の女の子三人組が歌うものでした。

 

赤ん坊の頃の私は、既に私でした。1歳も59歳も全く同じ私なのです。言葉、話し方、声、肉体は完全に違っても、元にある志向、思考、感性は全く同じであると思います。変化しない何かが、そこにあり続けています。人生の頂点を超えるまでは、早く歳を取りたいと思いました。

 

ふと気付けば、いつが頂点だったのか自覚がないままに頂点を越していました。今は日々老いる肉体に目を見張ります。自分に訪れる不思議な変化を、じっくり味わっているのです。

 

年齢を聞かれれば即答できるのですが、そのほんの一瞬、んん?いくつだっけ?とわずかに過ぎります。単なる認知症でなければ、良いのですが。小さな頃から眠ることが好きでした。寝覚めのけだるい感じではなく、「夢」が好きだったのです。不思議と言えるのかどうかも分かりませんが、妙にリアルな夢を見ることがあるのです。

 

子供の頃なら空を飛ぶ夢。そのときのバランスだとか力の入り具合、空気の感触を覚えています。大人になっても、同じように「夢」を見ました。流氷が浮かぶ川でカヌーのようなボートを漕ぐ私。空気を胸一杯に吸い込むと清んで凍り付くように冷たい空気が身体に充満する。鼻がツンと痛い。顔中に凍った空気があたる。爽やかで気持ちの良い感覚。

 

駅の公衆トイレ。決してきれいではなく、だだっ広い空間。映りの悪い鏡が2面洗面台の上にある。左の鏡に自分の顔を映して化粧を直す。最後にじっと自分の顔を眺める。ああ…私の顔。私の知らないヨーロピアンの顔でした。いつの時代なのか服装が現代でないのは確か。美しいと言えるだろうが、どこか貧しく苛立っている顔。

 

ゆっくり思い起こせば、限がありません。心理学者に判断されれば、どうと言う事のない回答が出るのでしょうが、私はその感覚的な「夢」が好きでした。悲しい気持ちにさせられるものもありましたが、本当に幸せな優しく美しいものに包まれることもありましたから。知人に勧められて「夢」の記録を取っていたことが、随分ありました。そんな時は、あの感覚的な「夢」は現れませんでした。

 

以上のことからだけではありませんが、自然と霊の存在は信じていました。信じるというよりも、知っていました。輪廻転生も同様にです。色々な「夢」で男性の視点、男の子、女の子、母親、夫、…ありとあらゆるロールプレイをするかのように疑似体験をしました。
自分の過去なのか?と思っていました。

 

ある時、過去世のリーディングをしてもらったことがあります。私は、本当に多くの転生を多くの国で経験しているので、どんな国に行っても不安になることがない、それはもう既に知っているからだと言われました。癒しの仕事に関わるのが良いと言われましたが、只、針のように先が鋭い物は身体に合わないだろうとのことでした。私は看護師の資格を持っていますが、注射が好きになれず、臨床での仕事は僅か2年で辞めていたのです。

 

その日は、大好きな友人に誘われて出かけたリーディングだったのです。彼女と一緒だと、大したことがなくても心から笑いあい、楽しくて楽しくてしかたがありませんでした。

 

関係を見てもらうと、過去世で何度も一緒に過ごし、そのすべてでお互いを傷付け合わなかった関係なのだと言われました。そのリーディングが正しいのかどうかはそれ程に気にならず、只、人は傷付け合ってはいけないのだということが強く残りました。

 

業(カルマ)というのは、そういう事の一種ではないかと理解しました。残っていくのでしょう。良くないものを吐き出したとき、自分の内外に記憶されていくのでしょう。

 

知ってか知らずか、どれだけ多くの人にどれだけ酷い事をして生きてきたのか…身の置き所のない恥に苛まれます。

 

そうして、私は信仰告白をしました。それ以前の罪は総て神に赦される、生まれ変わったのだということです。直ぐには一神教に馴染めなかった私は、どこかで思っていたのです。そんな甘い話はないだろう…良くないことはいつか自分に返ってくる。これは神に対する大きな冒涜でした。

 

私は、過去に自分がしたことを、別の人に仕返しされました。これがカルマの法則と呼ばれる…。50歳を過ぎて仕返しされると、とてもとてもきついものでした。精神的に病んだか?と自分に自信が持てなくなりました。暫くして、これだけ酷い事を20代の頃の自分は平気で他の人に行ったのだと、身に染みて学習しました。

 

ようやく自信を取り戻し始め、ふと思いました。私が、総てを神にゆだねる事が出来て、赦されたという事に唯々感謝することができていれば、「仕返し」は無かったのではないか?カルマの法則も確かにある、しかし、一神教で言われる完全な赦しも確かに存在したのではないかと。善いカルマの法則もあるのですから。

 

若いころの私は、スピリチュアルな世界を本で学ぶしかなく、その中から賢者を選んで師事していました。沢山のブームが巻き起こりましたが、@@@に縁あってご修行に入った事もありました。

 

あれから20年、今の私は「神々の国」と言われるインドのケララ州に暮らしています。ヒンドゥー、カソリック、イスラーム、少ないですがユダヤに仏教の寺院もあります。教義を学ぶことは少なくなりましたが、人々は宗教に関係なく神を信じていますから、「信じる」という事を人々から学び取っています。

 

一神教は、輪廻転生を言いません。しかし、「無い!」とも書かれていない。今の私は、人が精一杯生きて行くのに必要のない教えだからだと理解しています。

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