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仏教では娑婆世界には差別があるが、現世で善業を積めば人生が好転することもあるという

投稿日:2017年12月21日 更新日:

スピリチュアルと霊はほぼ同義と思われますので、霊について思うところは、霊感のある人がこの世には存在することです。

 

私自身には霊感はまったくありませんが、私の勤めている会社には霊感のある同僚がおります。この同僚はどうも負の霊のあるところで身体が反応して、頭痛を起こしています。また、寝台列車の窓の外に人の亡霊が現れて、その電車の車掌さんもその亡霊を見てしまって腰を抜かされたというエピソードももっていました。

 

このエピソードはFM795で放送されたそうです。この同僚の話を聞いて、霊というのは存在していると思いましたが、その霊を感じる・視ることができるのは、ある特殊な能力というか、感覚の持ち主のもつ波長あるいは周波数と同調したときに感じられるようです。

 

私個人としては一度は霊を感じてみたいと思っておりますが、意識して感じられるものではありませんので、どうしようもありません。チャクラなどを鍛えて「気」を高めれば何か感じられるようになるのかどうか?その点は挑戦もしていないのでクエスチョンのままです。

 

生まれ変わり、輪廻転生、カルマは、仏教の考えのある部分と認識しています。仏教では、そもそも「生命」は過去世/現世/来世の三世において連続しているという考え方がベースにあります。一般的にいう生命(いのち)は「生命」のもつ肉体的・物質的な一面を指していて、生命の全体を指していません。

 

つまり、肉体の生命は死によってなくなっても、精神的というかエネルギーというか、量子世界のことばでいうと、波動状態になった生命は宇宙に冥伏して、つまり溶け込んでいきます。

 

その時に生前に積んだ業(カルマ=行い)が、善業であれば、その「生命」は霊山浄土に行くことができ、悪業であれば、地獄に堕ちる というのが、仏様の教えであると認識しています。

 

ですから、仏教では人が見ていようが見ていまいが、善業つまり、善い行いを生前に積むことが肝要であると説いています。カルマ=業=行い ですから、善い行いをすることで今世は安穏・幸福を得て、来世も福徳に満ちた状態でまた肉体を持った生命として出現しますが、悪業を働けば、たとえ現実生活の上では金・物質的に裕福であっても、死の瞬間から獄卒が迎えにきて地獄の苦しみを味わい、その「生命」は生前に善業を積んでおけばよかったと後悔するそうですが、後の祭りで、死後の「生命」は主体的な働きかけはできないために、気の遠くなるような永い時間を地獄で暮さなければならないそうです。

 

あらゆる「生命」は自身のカルマによっての報いを三世に亘って受けながら、営々と繰り返しております。この繰り返しのなかで、過去世では人間として生を受けたけれども、そのカルマの報いで、現世では人間以外の生命体として出現する場合もあれば、人間として生を受けても、五体満足ではなかったり、経済苦の家庭あるいは経済苦はなけれども両親がいつも喧嘩している家庭に生まれたり、様々な環境のもとに生まれて、現世を生きていかなければなりません。

 

したがって、仏教では生まれながらにしてこの娑婆世界には差別があるとしています。しかしながらこの現世で善業を積めば、現世においても人生を好転することもありうるし、その逆もあり得ます。この「生命」の三世における繰り返しを別の言い方をすると、「輪廻転生」もしくは「生まれ変わり」とも言えます。

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